茶室に掛け軸を飾る理由は? 季節に合わせた掛け軸の選び方を紹介
現在、茶道は着物好きな女性たちの嗜みの一つとして愛されていますが、茶道が生まれた時代の茶人たちは僧侶のように精神を鍛える修行の場として捉えていました。
掛け軸には禅宗の教えの「禅語」が書かれており、茶道を極める重要な道具として丁重に扱われてきました。
また、禅語以外にも季節に合わせた掛け軸を飾って茶室を彩るなど、目的に合った掛け軸が選ばれています。
本記事では茶道が生まれた背景、茶室に掛け軸を掛ける意味、茶室に飾る掛け軸の例を春夏秋冬それぞれの季節ごとに解説します。
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茶道が生まれた時代背景
茶道の始まりは鎌倉時代にまで遡ります。
栄西(えいさい)という禅僧が中国からお茶の種を持ち帰り、京都・栂尾(とがのお)で高山寺を開いた明恵上人(みょうえしょうにん)が譲り受けて、茶の栽培を始めました。
茶園が各地に普及すると、禅寺で茶を喫する習慣が広まるようになりました。
平安時代にインドから中国に伝わった密教の伝来と共に、書や絵画を壁に飾る風習が生まれ、初期の茶の湯(茶道)では中国の仏画が多く飾られていたようです。
「わび茶」の創始者である室町時代の茶人・村田珠光(じゅこう)は、親交があった一休宗純(一休さんのモデルとなる人物)から、悟りの証明として中国・宋の禅僧である圜悟(えんご)の墨跡を受け取りました。
村田珠光が圜悟の墨跡を茶室に飾り、茶の湯の世界では重宝されてきました。
さらに、「茶禅一味(ちゃぜんいちみ)」という禅の修行と茶の湯の修行の本質は同じだという考えが主流となります。
安土桃山時代に茶人として活躍した千利休の登場によって、茶の湯における禅の精神を重んじ、墨跡を掛物の中で最も重視するようになりました。
千利休の茶会では、作家の存命に関わらず自らが尊敬する人物の墨跡を掛け、特に初期の茶会では圜悟の墨跡が多く用いられていたと言います。
利休は茶道の世界で大成し、茶室や茶道具、そして作法は現在の茶の湯のスタイルを作ったとされるほど大きな影響を与えました。
茶室に掛け軸を掛ける意味
茶道において、茶室の床の間に飾られる掛け軸を「茶掛」といいます。
古くから「茶室という神聖な空間に飾るものは格式が高いものであるべき」という考えが伝わっていますが、茶掛は主に禅宗の教えである「禅語」が書かれていることもあり、茶の湯の道具の中で最も格が高いとされています。
戦国時代の茶人である千利休の秘伝書『南方録』には、「掛物ほど第一の道具はなし」と書かれており、茶席において非常に重要視されているのがわかります。
また、茶道における掛け軸には、茶席の趣旨や主人のメッセージを伝える役割があります。
そのため、掛け軸を選ぶときは図柄だけでなく、主人がどんなメッセージを伝えたいかも考慮します。
さらに春夏秋冬がある日本では、季節の風物詩として伝統芸能や文学などを楽しむことが大切にされており、茶掛もまた季節感を演出する重要なアイテムの1つです。
茶室で用いられる掛け軸
茶掛には「古筆(こひつ)」と「墨跡(ぼくせき)」があります。
「古筆」とは、平安時代から鎌倉時代にかけて仮名を中心とする作品で、和歌を断片した内容が多いです。
「墨跡」とは、禅僧が墨で書き残した禅語や漢詩の書です。
一般的な茶掛には、禅僧が修行から体得した心の状態を表現した「禅語」が書かれています。
特に茶道で用いられる掛け軸には墨蹟(ぼくせき)が好まれます。
茶道の基本にある禅の文化を表現する「日々是好日」や「一期一会」などの禅語が書かれた掛け軸が用いられることが多いです。
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お申し込みフォームへ茶室に飾る掛け軸の一例
掛け軸には、季節に合わせた掛け軸と季節を問わない掛け軸があります。
茶道の世界では、掛け軸は主人からのメッセージや季節感を出す道具として用いられ、どの掛け軸を飾るのかが重要視されます。
季節感を出したい場合には、俳句における季語のような特定の季節を表す言葉が入っている掛け軸を選びましょう。
それでは、季節ごとに適した掛け軸と、季節を問わず一年通して飾っておける掛け軸をご紹介します。
「茶会に適した掛け軸を選びたいが、書いてある言葉の意味がいまいちわからない」という方はぜひ参考にしてみてください。
また、各タイトルにある月は伝統的季節(二十四節気)で分類されているものなので、あくまでも参考に留めておいてください。
春に合う掛け軸(1・2・3月)
1月の正月には、縁起の良い富士山や鶴亀、松などが書かれた「慶事掛け」などを飾ります。
そして「春」は新緑の季節とも言われるだけあって、春を表す掛け軸は爽やかなもの、活き活きとした情景を表すものが多いです。
春に咲く花は桜・梅・薔薇などがあり、これらを取り入れた掛け軸も多く見ます。
それでは、1・2・3月の春に合う掛け軸をいくつかご紹介します。
「松樹千年翠」
「松樹千年翠(しょうじゅせんねんのみどり)」は中国の禅宗史書の『続伝灯録』に収録された言葉で、「松の木は千年もの長い年月を経ても風雪に耐え、その瑞々しい緑色を保ち続けている」という意味です。
松は海の近くなど厳しい環境においてもしっかり根を張ることから、長寿の象徴と考えられています。
また、祝い事の際には「松寿千年翠」と当て字で書かれることもあります。
小林太玄和尚が書いた作品などが有名です。
「春光日々新」
「春光日々新(しゅんこうひびあらたなり)」は、「春の景色は日を追うごとに変化し、毎日毎日が新しい」という意味です。
小林太玄和尚が書いた掛け軸などが有名です。
出典や誰の言葉かなどは不明ですが、春の活き活きとした情景を連想させる言葉だと言えるでしょう。
桃花笑春風
「桃花笑春風(とうかしゅんぷうにえむ)」とは、中国が唐だった時代に活躍した崔護(さいご)の漢詩である『人面桃花』の一節です。
「桃花笑春風」の掛け軸は、足立泰道和尚の作品などが有名です。
「桃の花は去年と同じく、春風を受けて微笑むように咲いている」という意味で、「人の世の移り変わりを感じながら、それでも桃の花は変らずに咲き続けている」という無常観を伝えた言葉だと言われています。
また、「どんなにつらいことがあっても、春はやってくる」という意味に取られることもあります。
夏に合う掛け軸(4・5・6月)
暑い季節の「夏」は、水や滝など涼しげな雰囲気を表すものが多く取り入れられています。
ほかにも、朝顔・紫陽花などの花も夏を思わせる花として好まれます。
お盆には、仏教に関する掛け軸を掛けることもあります。
それでは、4・5・6月の夏に合う掛け軸をいくつかご紹介します。
「一華開五葉」
「一華開五葉(いっかごようをひらく)」は、中国における禅の創始者である達磨大師の言葉です。
「1輪の花が5弁の花を咲かせ、やがて果実が実る」という意味があり、「禅を学び心に悟りという花を咲かせることができれば、その花は5つの智慧に分かれて咲くことだろう」と表しています。
「一華開五葉」の掛け軸は、佐藤朴堂和尚が書いたものなどが有名です。
「薫風自南来」
「薫風自南来(くんぷうみなみよりきたる)」は、「時折すがすがしい風が南より吹いてくる」という意味です。
唐の詩人である柳公権が、文宗皇帝の「民は夏の暑さを嫌がるが、自分はその夏が長いことを望んでいる」という詩に続いて一篇の詩としたものだと言われています。
文宗皇帝が作った上記の詩に、「夏には時折南からすがすがしい薫風が吹き、宮中が一気に涼しくなる」と続けました。
「薫風自南来」が禅語として扱われているのは、12世紀に公案禅を完成させた大慧禅師がこの言葉を聞いて大悟(深く大きな悟りを開くこと)したからであると言われています。
「薫風自南来」の掛け軸は、福本積應和尚が書いたものなどが有名です。
山是山水是水
「山是山水是水(やまは これや まみずは これみず)」とは、「山は山、水は水で、お互い別のものであっても共に自然を形成している」という意味です。
「異なるそれぞれのものが、それぞれの本分を全うしている」「自分らしく」というような意味に捉えられることもあります。
「山是山水是水」の掛け軸は、小林太玄師や橋本紹尚らが手がけました。
秋に合う掛け軸(7・8・9月)
7月頃にはまだ夏を表す掛け軸を掛けることもありますが、お盆が明けて涼しくなってくる「秋」を思わせる掛け軸を飾り始めます。
秋に咲く花としてススキや菊などもあり、季節感を出す掛け軸として用いられやすいです。
それでは、7・8・9月の秋に合う掛け軸をいくつかご紹介します。
「夏雲多奇峰」
「夏雲多奇峰(かうんきほうおおし)」は、陶淵明(とう えんめい)の『四時の詩』に収録されている詩の一節です。
「夏には雲が高くそびえ立ち、まるで奇峰が並んでいるようである」という意味があり、夏の風景の代表として夏雲を思い描いています。
「夏雲多奇峰」の掛け軸は、小林太玄和尚が書いたものなどが有名です。
「万里無片雲」
「万里無片雲(ばんりへんうんなし)」は、『景徳伝灯録』や『圜悟語録』に収録されている言葉です。
「万里の天(空)には一片の浮雲も無い」という意味で、私たちの心を空に例えて座禅修行によって心の中が浮雲の様な雑念妄想が少しも無い、澄み切った状態になったことを表現しています。
「万里無片雲」の掛け軸は、福本積應氏が書いたものなどが有名です。
「清風 明月」
「清風 明月(せいふうめいげつ)」とは蘇軾(そしょく)の『前赤壁賦』に収録されている言葉で、「明るい月夜の静かで清らかな様子」を表しています。
「清風 明月」の掛け軸は、小林太玄和尚の作品などが有名です。
「心静即身涼」
「心静即身涼(こころしずかなれば すなわち みずすずし)」は、心が落ち着いていれば体も涼しい状態にあるという意味です。
似た言葉で、「心静即身珠涼」と書かれた掛け軸は、太田秀峰が手がけました。
冬に合う掛け軸(10・11・12月)
10月頃には、紅葉や月などのまだ秋を思わせる掛け軸を掛けることもあります。
12月中旬を過ぎる頃には年末年始を意識し、「今年一年も何事もなく過ごせた」という意味で「無事」「無病息災」などの言葉が好まれます。
それでは、10・11・12月の冬に合う掛け軸をいくつかご紹介します。
「吾心似秋月」
「吾心似秋月(わがこころ あきづきに にたり)」は『寒山詩』に収録されている言葉です。
「吾心似秋月」の後に続く言葉は、「自分の心はまるで中秋の名月のようだ」ということを意味し、心が澄んで清らかな状態であることを指しています。
「吾心似秋月」と書かれた掛け軸は、小林太玄和尚が書いたものなどが有名です。
「紅葉山川満」
「紅葉山川満(こうよう さんせん にみつ)」は「もみじが山にも川にも満ち溢れている様子」を表しています。
「紅葉山川満」と書かれた掛け軸は、長谷川寛州和尚が書いたものなどがあります。
「歳月不待人」
「歳月不待人(さいげつひとをまたず)」は、陶淵明が書いた詩の一節です。
「時間は人を待ってくれないこと」を意味しており、それ故に一生懸命勉学に励むべきだということを表しています。
「歳月不待人」と書かれた掛け軸は、小林太玄和尚が書いたものなどがあります。
季節を問わない掛け軸
季節を問わない掛け軸は、「年中掛け」「普段掛け」とも呼ばれ、一年中飾っておけます。
春夏秋冬それぞれに咲く花が一緒に描かれた「四季花」や、縁起物にちなんだものなども好まれます。
主人が普段から心得ている言葉を普段掛けとして飾っておくのも良いですね。
それでは、季節を問わない掛け軸をいくつかご紹介します。
「和敬静寂」
「和敬静寂(わけいせいじゃく)」は、千利休が唱えたお茶の心得を表す言葉です。
主人と客がお互いの心を和らげてつつしみ敬い、茶室の品々だけでなく心も清い状態を保つことを指しています。
「日日是好日」
「日日是好日(ひび これ こうじつ・にちにち これ こうじつ)」とは中国の禅僧・雲門文偃(うんもんぶんえん)禅師の悟りの境地を表す言葉で、『碧巌録(へきがんろく)』という書物に載っています。
「毎日が良い日となるように頑張るべきだ」「物事の良し悪しを判断せずありのままを良しとして受け入れるべきだ」という意味などがあります。
円相
「円相(えんそう)」とは言葉ではなく、心理や悟りを表した一筆書きの円です。
空、風、火、地を含む世界全体の究極の姿の象徴で、幸福で満ち足りた「福徳円満の相」ともとられます。
「一期一会」
「一期一会」は、千利休の弟子の山上宗二(やまのうえそうじ)による秘伝書『山上宗二記』内に記された「茶会は一期に一度の会」という表現が語源になったと言われています。
茶会において、二度と繰り返されることのない一生に一度の出会いであると意識して亭主・客共に誠意を尽くす心構えです。
「喫茶去」
「喫茶去(きっさこ)」とは「去る」ではなく「お茶をおあがりなさい」という意味です。
誰に対しても「喫茶去」と答える中国の禅僧の逸話がもとです。
「松無古今色」
「松無古今色(まつにここんのいろなし)」とは、春には色づき秋になると葉を落とす木々が多いなかで、松の木のように長い年月が経っても変わらないものを例える言葉です。
千利休以来、受け継がれてきた茶の湯の禅語として、多くの茶掛で用いられます。
「無事是貴人」
「無事是貴人(ぶじこれきにん)」は、中国・唐の禅僧だった臨済禅師の言葉です。
平和で健康であることを「無事」と表現しますが、臨済禅師は求めようとする心や欲を捨て、ありのままで生きる人こそ「無事」であり貴い人なのだと説きます。
掛軸を掛け替えるタイミング
それぞれの季節を表す掛け軸は、その季節の少し前から掛けるのが基本です。
例えば桜の図柄や言葉が書かれた掛け軸は、桜が開花する時期より少し前から掛けておき、桜が散る少し前に次の季節を表す掛け軸に付け替えましょう。
部屋に花を飾らずとも、季節を感じる掛け軸を掛けることで季節感が味わえますよね。
着物でも同様のことがあり、季節を表した模様の着物で、季節を先取りすることがよくあります。
掛け軸の細かいルールはありませんが、日本の風習として知っておくとまた掛け軸を楽しむ1つのポイントとなります。
まとめ
茶道における掛け軸には、茶席の趣旨や主人のメッセージを伝える役割、そして季節感を出す役割などがあります。
そのため、茶室にかける掛け軸を選ぶ際には、用途や季節に適したものを選ぶと良いでしょう。
言葉の意味がわかると、より一層掛け軸選びが楽しくなりますよね。
掛け軸には、春夏秋冬それぞれの季節にふさわしい掛け軸や季節を問わない掛け軸など種類がさまざまです。
茶会の目的に合わせて、最良の掛け軸をお選びください。
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