安政二朱銀の相場はいくら?買取のコツを徹底解説
- 安政二朱銀などの古銭を持っています。売ったらいくらになりますか?
- 保存状態や種類などにより買取価格が変わりますので一度拝見いたします。お電話・メールよりお問合せ下さい。
- 生前、祖父から安政二朱銀など古銭を譲り受けました。価値ってありますか?
「長方形の古い銀貨を持っているんだけど、価値があるのか知りたい」「安政二朱銀という昔の貨幣を譲り受けたが、どこかで買取に出したい」といった悩みを持っている方はいませんか?
ここでは、そんな方の悩みを解決するために「安政二朱銀」の相場や特徴について、詳しく解説していきます。
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安政二朱銀について
「安政二朱銀」(あんせいにしゅぎん)は、江戸時代末期の安政6年(1859年)に流通した、額面が二朱の銀貨です。
明和9年(1772年)、最古の二朱銀「南鐐(なんりょう)二朱銀」が製造され、それ以降、数種類の二朱銀が江戸時代に発行されました。
以下では、江戸時代に発行された二朱銀の中でも、特に「安政二朱銀」の歴史や特徴について紹介します。
安政二朱銀の特徴
安政二朱銀の額面は「二朱」で、一両の8分の1の価値です。
表面には縦向きに「二朱銀」と大きく記されています。
南鐐二朱銀の表面には「以南鐐八片換小判一両」(8枚で小判1両と交換可能という意味)と10文字も書かれていたため、南鐐二朱銀と比較すると、安政二朱銀のデザインからは非常にシンプルな印象を受けます。
裏面には「銀座常是」と記され、幕府公認の銀貨鋳造所である「銀座」で発行されたということと、銀材の世襲制の改役(責任者)の「常是」による認可が下りているということを証明しています。
安政二朱銀の歴史
安政二朱銀の発行は安政6年(1859年)のことです。
嘉永6年(1853年)のペリー来航と嘉永7年(1854年)に締結された「日米和親条約」により、江戸幕府の鎖国体制は終焉を迎え、日本は下田と現在の函館である箱館などの交易港を、輸出入のために開港することになりました。
そこで江戸幕府は、海外交易によって国内の金貨が流出することを避けるために、貿易での取引専用の新しい「銀貨」を発行することを決定しました。
そして発行が決まったのが、安政二朱銀です。
安政二朱銀は、洋銀(海外製の銀貨)の半分の重量(13.62g)で鋳造されたので、洋銀1枚と安政二朱銀2枚で交換できることになります。
これを規則化することで幕府は「洋銀1枚=1分」というレートに、洋銀の価値を抑え込もうと考えたのです。
しかし、アメリカはこの幕府の手法に猛反発し、安政二朱銀と洋銀との交換を認めませんでした。
安政二朱銀は、貿易専用の貨幣として生まれたので国内での流通はされず、そのため安政二朱銀が通用したのは、発行日からアメリカによる通用拒否まで、つまり安政6年6月2日から同月22日までのたった22日間でした。
安政二朱銀以前に流通していた、代表的な2種類の一朱銀
朱を単位とする銀貨としては、額面が一朱のものも存在しました。
文政12年(1829年)から通用が開始した「文政南鐐一朱銀」は、前身の「文政一朱判」の金の含有率(品位)が、12%程度と非常に低かったため評判が悪く、流通が滞ったため、事態の改善のために発案された銀貨です。
嘉永6年(1853年)、ペリーの浦賀来航の翌年に発行されたのが「嘉永一朱銀」です。
訪日する外国への対抗手段として、お台場に砲台が設置され始めた時期、この砲台設置工事に支払われた日当がちょうど250文=1朱であったため、嘉永一朱銀は「お台場銀」と通称されました。
参考記事:嘉永一朱銀について
安政二朱銀の2つの特徴とそれを共有する2つの貨幣
安政二朱銀が誕生した際の特徴を2つにまとめるならば、「長い鎖国の終焉と、日本に対する不平等な開国に伴う混乱の産物」ということ、そして「便宜上需要の高かった『朱』という単位を貨幣の額面に採用したこと」です。
ここでは、安政二朱銀と同じく「開国の混乱の産物」である「安政一分銀」」と、安政二朱銀と「利便性の高い『朱』の貨幣化」という特徴を共有する元禄二朱判という2種類の貨幣を紹介します。
開国の余波で生まれた安政一分銀
安政6年(1859年)の開港以来、外国人大使による小判入手目的とする洋銀と日本の一分銀との交換需要が膨れ上がり、貿易港周辺の市中からは一分銀が払拭される事態となりました。
一両の金と交換できる銀は60匁(225g)でした。そのため、国内の商人や市民からは幕府に対して一分銀の増鋳の要求が殺到しました。
しかし、一分銀を新たに鋳造する銀が不足していたため、駐日アメリカ大使ハリスの「洋銀を鋳造し直して(吹替えて)一分銀を製造してはどうか」という提案を受け入れ、安政一分銀として製造することに決定しました。
日本初の額面が二朱の小判、元禄二朱判
元禄10年(1697年)に製造開始された元禄二朱判は、初めて製造された、額面が二朱の金貨です。
従来の慶長金(慶長小判および慶長一分判の総称)には額面が「朱」の貨幣は存在しませんでした。
そのため、一分以下の取引には、より下位の額面の貨幣(寛永通宝)が1,000枚近く必要でした。
それ故、0.5分の価値を持つ元禄二朱判は、少額での取引の利便性を大きく上げました。
朱は分の1/4の量を表す単位です。
安政二朱銀の価値と相場について
安政二朱銀は、江戸幕府の対外政策の失敗により、安政6年6月2日から同月22日までのたった22日間しか発行されませんでした。
しかし、鎖国を解いて世界中に門戸を開くという意気込みがあったのか、発行枚数は約70万枚と多いです。
ところが、外貨との交換にしか利用できなかったため、日本国内で使用するにはさらに一分銀などに交換する必要がありました。
そのため、「バカ二朱」と蔑称を与えられるなど扱いづらいものとされたので、安政二朱銀の現存数は少なく希少性があります。
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お申し込みフォームへ安政二朱銀をより高額で買い取ってもらう方法
実際に手元にある安政二朱銀を買取に出そうという場合、「もっとも高額で、手軽に買い取ってもらう方法」が知りたいところですよね。
その方法は2つあり、1つは「古銭買取のバイセルに査定を依頼する」こと、そしてもう1つは「安政二朱銀の保存状態をできるかぎり良好にしておくこと」です。
以下、それぞれのポイントを紹介します。
査定は古銭買取のバイセルに依頼しましょう
安政二朱銀を買取に出すならば、古銭の買取業者であるバイセルに依頼するのがベストです。
古銭を扱うバイセルは、専門知識の量では他の業者より優れているため、古銭の種類や製造年、希少性等について的確に判断し、査定額がアップするポイントを見逃すようなことはありません。
最近は、ネットオークションやフリマアプリで気軽に古銭の出品ができますが、価格を決めるのは出品者ですので、その価格が適正かどうかはわかりません。
出品者が設定した古銭の価格が、不当に高額であれば買い手はつかないでしょうし、安すぎれば売れたとしても損をすることになります。
リサイクルショップに持ち込むという方法もありますが、リサイクルショップの買取スタッフが古銭についての専門知識を持っている可能性は、非常に低いと思われます。
古本から家具、レコードプレーヤーや人形など、汚れていてもジャンク品(動作確認できない製品)でも、なんでも引き取ってくれるというのがリサイクルショップの利点ですので、高額査定が期待されるような古銭の買取には向いていないでしょう。
さらに、多くの古銭買取業者が、「出張サービス」と「無料査定」を実施しています。
出張サービスは自宅まで業者が訪問して査定や買取を行ってくれますので、持ち込み買取のように外出の手間が省けます。
また、無料査定は、見積もりを出すまでは一切料金が発生しないサービスです。査定額に不満であれば買取を断ることももちろん可能で、その場合も手数料等の費用は発生しません。
自宅にいながら、無料でお手元の安政二朱銀の査定をしてもらえるのは、古銭買取業者だけです。ぜひ査定を依頼する業者として、バイセルを検討してください。
古銭を良好な状態に保つことが大事です
安政二朱銀は特に、発行当時は役に立たない・使いづらい貨幣として、ないがしろに扱われてきたので、丁重に保管され続けてきたものは多くありません。
お手元の安政二朱銀も、決して誰が見ても美麗という状態ではないかもしれません。
そこで、できる限り手持ちの安政二朱銀をより良い状態にするため、お手入れをすることをおすすめします。
ですが、柔らかい布で表面のホコリや付着物を除去する、といった程度の処置に留めるようにしましょう。
薬剤や洗浄液で拭ったりすると経年劣化で脆くなった表面が崩れたり、化学反応を起こして古銭が変色する可能性があります。
そうすると、お持ちの安政二朱銀本来の価値よりも査定額が下がる理由となってしまいますので、薬品を用いた洗浄・清掃は避けたほうが無難です。
安政二朱銀を買取に出す際の留意点
安政二朱銀は希少性の高さの故にコレクター需要も高く、残念ながら贋作も存在しています。
お持ちの安政二朱銀が贋作である場合、もっとも顕著に本物との違いが出るのは重量です。
贋作は銀の含有率を下げていたり、表面に銀メッキを塗っていることもありますので、1g以上軽量である場合は贋作、あるいはレプリカの可能性があります。
こうした細部の違いを判断する困難さも考慮して、安政二朱銀の査定はバイセルに依頼することをお薦めします。
安政二朱銀の買取についてのまとめ
安政二朱銀は、小判の海外流出を抑えるために案出されました。
ですが、銀の含有量が海外の銀貨より少なく釣り合わなかったため、結果としてアメリカから拒否されたという不遇の貨幣です。
当時は外貨との交換しか用途がなく、利便性に欠ける価値の低いものと扱われたことにより現存数は少ないため、現代の市場では希少な存在で却って貴重な古銭です。
「歴史の流れが物の価値をどう変えるかは予想ができない」、そんな印象を受けますね。
もしお手元にこの安政二朱銀を持っているならば、まずは適切な清掃を行い、箱などの容器に納めて冷暗所に保管しておきましょう。
買取に出すと決めたら、リサイクルショップやネットオークションではなく、バイセルに査定を依頼することをお薦めします。
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