日本初の通貨、「皇朝十二文銭」の価値はどのくらい?相場から売り方まで大紹介!
「皇朝十二文銭(こうちょうじゅうにもんせん)」は、奈良時代から平安時代まで、250年もの間に鋳造された、12種類の銅銭の総称です。
製造から1000年以上経っており、保存状態が良好なものも少ないので、皇朝十二文銭のいずれかの種類を所有していても、「そもそも買い取ってもらえるようなものなの?」「どんなところで買い取ってもらえばいいの?」と悩んでいる方はいると思います。
ここでは、皇朝十二文銭の買取の出し方から各種類の説明や相場価格、歴史背景についても説明していきます。
※本記事の内容は、必ずしも買取価格を保証するものではございません。予めご了承下さい。
皇朝十二文銭とは
皇朝十二文銭は、奈良時代の和銅元年(708年)から平安時代の応和3年(963年)までの間、鋳造された十二種類の銅銭の総称です。
年代順に全種類を以下の表にまとめました。
名称(旧字体) | 発行開始年(西暦) |
---|---|
和同開珎 | 和銅元年(708年) |
万年通宝(萬年通寳) | 天平宝字4年(760年) |
神功開宝(神功開寳) | 天平神護元年(765年) |
隆平永宝(隆平永寳) | 延暦15年(796年) |
富寿神宝(富壽神寳) | 弘仁9年(818年) |
承和昌宝(承和昌寳) | 承和2年(835年) |
長年大宝(長年大寳) | 嘉祥元年(848年) |
饒益神宝(饒益神寳) | 貞観元年(859年) |
貞観永宝(貞観永寳) | 貞観12年(870年) |
寛平大宝(寛平大寳) | 寛平2年(890年) |
延喜通宝(延喜通寳) | 延喜7年(907年) |
乾元大宝(乹元大寳) | 天徳2年(958年) |
すべての皇朝銭の名称が「宝」で終わっていることが分かります。
和同開珎の「珎」は「寳(宝の旧字体)」の、異体字です。
奈良時代から平安時代まで、途切れることなく発行され続けましたが、1年で中止されたものから50年以上続いたものまで、流通期間は当時の情勢などによって大きく異なるようです。
まずは、各種類について紹介する前に、おおまかな皇朝十二文銭全体の特徴や歴史背景などを見ておきましょう。
皇朝十二文銭の特徴
皇朝十二文銭の当時の貨幣価値は一文でした。
和同開珎発行当時は、米2kgが買える程度の価値でしたので、決して高額な貨幣だったとは言えません。
外観は、いずれも円形の中央に正方形の穴が空いた形状をしています。
このような貨幣の形状を、「円形方孔(えんけいほうこう)」と呼びます。
正方形の上下左右に一文字ずつ、時計回りの順で銅銭の名称が記されています。
すべての皇朝十二文銭がすべてこのデザインをしていますが、銅銭名称の文字が刻印される形状の細かな違い(「手変わり」と言います)によって、買取相場が変わってきます。
皇朝十二文銭の歴史
奈良時代の日本は、現在の中国である「唐」の統治モデルである「律令制(りつりょうせい)」を自国においても採用しようと計画し、貨幣制度においても、唐を手本としました。
唐の「開元通宝(かいげんつうほう)」という貨幣をモデルに貨幣発行を決めたのですが、それまでは繊維の絹や米を価値交換の媒体として用いていた庶民たちは、貨幣制度自体にうまくなじむことができませんでした。
また、和同開珎から万年通宝へ、あるいは万年通宝から神功開宝といった改鋳は、時の権力争いに勝利し新しい覇権者となった人物が、自らの権威の誇示を目的として実施されました。
そのため古い銅銭の価値を従来の10分の1として、旧貨幣10枚で新貨幣1枚と交換できるようにするなど、貨幣発行者・運用者にも経済知識がほとんどないような状態が続きました。
そのため、市民の貨幣への信用が上がるはずもなく、また朝廷の弱体化もあり、11世紀の初頭に銅銭の発行は停止されました。
そして再び、日本の経済は米や絹を商品交換の媒介とする「物品貨幣経済」に戻りました。
この後、公式の貨幣鋳造は長期間行われず、江戸時代初期の慶長13年(1608年)に「慶長銅銭(けいちょうどうせん)」が鋳造されるまで、600年以上もの間、銅銭の鋳造は停止されたままでした。
各種の皇朝十二文銭の特徴と相場
皇朝十二文銭は円形の中央に正方形の孔という同じ形状をしており、文字の並び方も同様です。
その中でも、特に人気が高く相場価格が高いのは、「和同開珎」と「饒益開宝」です。
ここでは、12種類それぞれの違いや相場価格について、発行された年代順に紹介していきます。
和同開珎(わどうかいほう)
和銅元年(708年)に発行が開始された「和同開珎(わどうかいほう)」は、日本で初の流通貨幣とされています。
平城京への遷都の資金作りも、和同開珎を発行する主な目的でした。
表面に「和同開珎」と時計周りで上下左右に刻印されており、裏面には刻みはありません。
621年に発行された唐の「開元通宝(かいげんつうほう)」をモデルに製造されましたが、 貨幣経済自体の浸透が旨くいかず、9世紀半ばに流通から姿を消しました。
和同開珎は最古の銅銭ということもあり、相場価格は数万円以上です。
発行から1000年以上が経過していますので、保存状態で買取価格は上下します。
文字刻印の細かな違いである「手変わり」でも相場価格は上下します。
それぞれ手変わりには名前があり、和銅開珎で人気の手変わりは「三ツ跳」というものです。
「和」「同」「珎」の三文字の末端が跳ねている書体で、相場価格は保存状態によりますが、数十万円を超えることもあります。
万年通宝(まんねんつうほう)
天平宝字4年(760年)に製造開始された、2番目の皇朝銭です。
和銅開珎を廃止して発行されましたが、発行を推進した藤原仲麻呂(ふじわらのなかまろ)が和銅開珎10枚と万年通宝1枚を同等とするなどして、非常に不評であったため、5年で製造が中止されました。
相場価格の高い手変わりは「横点普通縁」で、「年」の字の4画目が横向きになっているものです。
横点普通縁の万年通宝の場合、状態が良ければ相場価格は数万円を超えることもあります。
神功開宝(じんぐうかいほう)
神功開宝は天平神護元年(765年)に発行されました。
神功開宝は万年通宝と等価と定められ、併用されました。
また、万年通宝を発行した藤原仲麻呂が意図的に価値を下げた和同開珎についても、同等の価値を持つものと定めました。
神功開宝で人気のある手変わりは「縮力」で、功の字が小さく、開が「不隷開」という特徴を持つものです。
不隷開は、「開」の字の門構えの上部に隙間のある「隷開」に対して、門構えが閉じているものです。
縮力の神功開宝の相場価格は、状態が良ければ数十万に至る可能性があります。
隆平永宝(りゅうへいえいほう)
延暦15年(796年)に発行開始された隆平永宝は、古い銭貨を廃止するために鋳造が決まったのですが、その廃止計画は大同3年(808年)に中止となりました。
隆平永宝で人気がある手変わりは「二水永」というもので、「永」の字が漢数字「二」の下に「水」という記され方をしています。
二水永の隆平永宝であれば、状態が良ければ相場価格は数十万円に至る可能性もあります。
富寿神宝(ふじゅしんぽう)
相模天皇代の弘仁9年(818年)に鋳造開始された富寿神宝ですが、この頃から朝廷が鋳造する銅銭の品質が悪くなり始め、鉛が含有されるようになりました。
富寿神宝で人気のある手変わりは「大様寿貫」というもので、「壽(寿)」の字の二画目の縦棒が、「口」の部分を貫いている書体です。
大様寿貫の富寿神宝の相場価格は、状態良好であれば数十万円に至ることもあります。
承和昌宝(じょうわしょうほう)
承和2年(835年)に鋳造・発行された承和昌宝は、日本で初めて元号を冠した名称を持つ貨幣とされています。
承和昌宝で人気の高い手変わりは「大様」で、直径と文字がやや大きく「和」の二画目が斜め向きになっているものです。
大様の承和昌宝の相場価格は、状態良好であれば数十万円に至ることもあります。
長年大宝(ちょうねんたいほう)
嘉祥元年(848年)に鋳造・発行された長年大宝は承和昌宝と同様「大様」の手変わりが人気で、その場合の相場価格は数十万円になることもあります。
饒益神宝(じょうえきしんぽう/にょうやくしんぽう)
貞観元年(859年)に鋳造・発行された饒益神宝は、「饒益」を「じょうえき」と読めば「物質的に豊かである」という意味となり、「にょうやく」と読めば仏教用語で「ものを与えること」を指します。
饒益神宝が流通した頃から、朝廷の鋳造する貨幣は非常に質が落ち始め、文字の判読すらできないようなものも出回り始めました。
劣悪な造りの貨幣(鐚銭・悪銭)を受け取り拒否する「撰銭」が最初に発生した記録も、この時期のものです。
饒益神宝で人気のある手変わりは「小字左神」です。
「神」の字がやや左によっているもので、相場価格は状態により数十万円を超えるほど、人気が高いものです。
貞観永宝(じょうがんえいほう)
貞観永宝は貞観12年(870年)に発行開始された皇朝銭です。
旧銅銭は流通によって損傷や劣化が激しい為、という大義名分で発行された貞観永宝ですが、銅の品位(含有率)は半分以下鉛が35%を占め、文字は解読不能で輪郭を留めているものはない、という記録が残っています(『日本三代実録』巻二二)。
貞観永宝は手変わりによる人気の違いは余りなく、相場価格は数万円となっています。
寛平大宝(かんぴょうたいほう)
寛平2年(890年)に発行された寛平大宝では、「大字(方冠)」という手変わりが人気が高いです。
大字(方冠)は、「寛」の「ウ冠」の両端が垂直に垂れているもので、文字も全体的に大きくなっています。
大字(方冠)の寛平大宝の相場価格は、状態が良ければ数十万になることもあり得ます。
延喜通宝(えんぎつうほう)
延喜7年(907年)に発行された延喜通宝ですが、朝廷の鋳造する貨幣の質がかなり劣悪になっていた時期の銅銭です。
もはや銅が主成分ではなく、鉛合金と呼ぶべきかもしれません。
文字が判読できるもののほうが珍しいほどの、粗悪な造形だったようです。
延喜通宝で人気のある手変わりは「大様」です。
直径と文字が大きく、「延」の字の「正」が右に寄っているものです。
大様の延喜通宝の相場価格は、やはり元の造りが劣悪なこともあり、数万円程度です。
乾元大宝(けんげんたいほう)
天徳2年(958年)に発行された乾元大宝は、皇朝十二文銭最後の銅銭です。
銅銭といってもこの頃には鉛が主成分となっており、文字も判読不可能なものが多く、ほとんど市井で流通・使用されることがありませんでした。
平安貴族たちに経済的な知識はほぼなく、伊勢神宮以下11社の神社に新造の乾元大宝を奉納し、流通を祈願するなど、神頼みをするような有様でした。
応和3年(963年)、祈願も虚しく流通が盛んになることはなく、製造が中止されました。
この後、徳川幕府が「慶長金銀」を発行するまで、主権者が公式に製造する貨幣は現れません。
富本銭(ふほんせん)
富本銭は、皇朝十二文銭の1つではありません。
天武天皇12年(683年)頃に、和同開珎よりも先に鋳造された貨幣です。
しかし富本銭は、実際に流通し使用された通貨だったのか、厭勝銭(ようしょうせん)という、まじないのための道具だったのかが判然としていません。
そのため、日本初の流通貨幣の地位は、今のところ和同開珎にあたえられているわけです。
皇朝十二文銭を買取に出す際のポイント
皇朝十二文銭を売りに出す場合は、以下の2点がポイントとなります。
- 古銭買取のバイセルに依頼を出す
- 古銭を劣化させない
ここからはそれぞれのポイントについて、説明していきます。
古銭買取のバイセルに依頼を出す
皇朝十二文銭を買取に出すならば、古銭買取のバイセルに依頼することを強くお薦めします。
他の古銭と違い、皇朝十二文銭の場合は、「希少性」「現存数」の多寡はあまり査定に響きません。
前述したように、12種類の皇朝銭それぞれに「人気の手変わり」というものがあり、それが査定に大きく影響するのです。
皇朝十二文銭は、劣化が激しく文字が解読できないようなものが、特に後期に発行されたものには多くなっています。
そんな皇朝銭の種類を特定し、手変わりについて理解があり、その人気の有無も知っている人材というのは、金券ショップやリサイクルショップなど古銭を専門としない買取サービス業者には、ほぼ在籍していないでしょう。
お持ちの皇朝十二文銭を、本来の価値通りに査定してもらい、買い取ってもらいたいならば、バイセルへの依頼が賢明です。
古銭を劣化させない
皇朝十二文銭はいずれの種類も、1000年以上前に鋳造されたものです。
なおかつ、鋳造技術がほとんど発達していない中で造られたので、劣化しやすく、損傷が激しいものが非常に多い古銭です。
手変わりの種類の次に査定の基準となるのは、保存状態の良し悪しですので、お持ちの皇朝十二文銭は、劣化が進まないよう丁寧に保存しましょう。
最初からかなり劣化している場合も、それ以上の劣化を防ぐために、なるべく刺激を与えない環境に保管しておきましょう。
ただし、ケースにしまい、日光を避けて暗所に保管したら、頻繁に取り出して様子を見たり、布で拭いたりするのは避けた方が良いです。
なぜなら、皇朝十二文銭は余りに古い存在ですので、布で拭こうとしたら壊れてしまった、といったことがあり得るからです。
他の古銭、例えば小判や銀貨は柔らかい布で拭いてホコリをとってやるというメンテナンスが必要かもしれませんが、皇朝十二文銭ほどの古いものに関しては、安全な保存環境を用意したら、そのまま査定してもらうまで手を触れない方が無難です。
皇朝十二文銭の買取
皇朝十二文銭は、発行枚数と現存数でほぼ価値が決まってしまうようなタイプの古銭ではなく、デザインの違いで査定が大きく変わります。
例え不人気な手変わりであっても、違いを見つけるだけでも楽しい、コレクションしがいのある古銭と言えます。
お持ちの皇朝十二文銭は、意外にも人気がとても高く、数十万円になるようなものかもしれません。
ぜひ一度バイセルへの査定依頼をしてみてください。
びっくりするような査定結果が出るかもしれません。
より詳しい情報を知りたい方はこちら
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